東海道川崎を過ぎてすぐの生麦村で文久2年(1862年)薩摩藩士の外人殺傷事件=いわゆる生麦事件が起こりました。現在の横浜市鶴見区生麦で、旧街道は現在生麦魚河岸通りと呼ばれ煩雑な都会の小さな通りになっています。この写真は事件の後にベアトが撮ったものをカラー化しています。事件と裏腹にのどかな街道風景です。