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厚 木 飯 山 庫 裡 橋・古 写 真 比 較
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有名なフェリックス・ベアトによる幕末の美しい日本の風景の代表的古写真-厚木の飯山観音へ向かう庫裡橋の写真を今と比較してみました。
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素朴だった庫裡橋もりっぱな橋に掛け替えられ、美しい日本の風景というよりもよくある地方の温泉町入口となっています。奥の飯山観音に向かう道は数件の旅館が建っていますが昔の風情は残っているように思います。大袈裟な看板と電線、橋の下半身及び白い手すり、護岸コンクリートの殺伐さが風景として美しくさせない原因でしょう。古写真がすばらしすぎるので比較は酷かもしれません。 |
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横 浜・古 写 真 比 較
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幕末・明治期の横浜は外国人居留地があり文明開化の先端というこで、多くの写真が残っています。特にお土産用の絵はがきは喜ばれたようで今でもたくさん残っています。今回は今でも憧れの地「山手」周辺の桜道と地蔵坂の古写真と今を比較してみます。
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「山手・桜道」
上が名前の由来ともなった美しい桜道の絵はがき。下がただの山手はずれのかつての面影なしの現在写真。
地蔵坂を上り、山手本通から桜道に向かった所です。桜の続くその下に甍の波のような町が見下ろせます。夢のような世界です。現在は、昔の美しさと比較すると哀しい風景です。この写真で絵はがきを作っても誰も欲しがりません。
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「山手・地蔵坂」
上がほぼ現在と同じ道幅で人が歩く為の道だった頃の絵はがき。下は幅50cmの歩道が歩く道になってしまった現在の写真です。
昔の絵はがきもそれほど美しい風景ではありませんが、今より大らかだった雰囲気を感じます。左の急階段はかなり面影が残っています。散歩に時々歩きますが、妙な懐かしさを感じる風景があり古い道を実感します。上りはキツイですが、イタリア山公園の近くまで続くので一度歩くのをお薦めします。
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広 重・名 所 江 戸 百 景 比 較
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広重の名所江戸百景というのがありますが、その構図にできるかぎり近い場所で写真によるかつての江戸百景を写してみるという企画に基づいた暮しの手帖社版の「今とむかし廣重名所江戸百景帖」というのを参考にしています。いい企画の本ですが、残念なのは広重の浮世絵はカラーなのに現代の写真がモノクロというちょっとおかしな状態で、今回比較として両方カラーにしたかったのですが、モノクロ写真をカラー化するのは手間がかかるし、幕末写真をカラー化するというのと違って夢がないので両方をモノクロにして比較してみました。 |
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「見るもかなしい猿若町(今の浅草6丁目)」
当時、芝居小屋が建ち並び、朝6時頃から夜8時頃まで興行がおこなわれ、山の手からの芝居見物は、往復入れて3日がかりの小旅行といった楽しみでした。現在、問屋街になり駐車車両とクモの巣の様な電線の目立つこの風景から、かつての江戸百景を想像するのは難しい。 |
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「鉄パイプのはしる柳島橋(亀戸3丁目から)」
広重絵、真ん中の建物は、料亭「橋本」関東大震災には生き残ったがその後姿を消した。左の建物は、「法性寺」妙見さんで有名。妙見堂は戦災で焼失。現在は趣のない鉄筋コンクリートの建物になる。橋といい、バックの中小企業ビルやマンションといい、ある意味ではコンクリート妙見さんはまわりにマッチしているのがかなしい・・・・ |