徳川将軍家の菩提寺、東京芝増上寺にて、昭和33年7月から35年1月にかけて戦災で荒廃した将軍家の墓の改葬が行われた。その際、遺体調査を担当した著者による 「骨は語る-徳川将軍・大名家の人びと/ 鈴木 尚/ 東京大学出版会」 から引用させていただいたものです。 増上寺には、2代秀忠、6代家宣、7代家継、9代家重、12代家慶、14代家茂の6人の将軍と3代家光の子で4代と5代将軍の兄弟である綱重、各代の正室、側室など多くの将軍家に連なる人々が埋葬されています。 その中で、2代秀忠、7代家継は保存状態が悪く、2代秀忠は、棺の上の石等の重みで薄く圧縮されており、頭蓋の正常な形を留めていない、7代家継は、棺内に水が入った為、ほとんど骨格すら残っていない状態でした。そのためここでは、6代家宣、9代家重、12代家慶、14代家茂の骨、及び復元図を紹介します。また、有名な皇女和宮、別の調査での伊達政宗の骨も併せて紹介します。 "復元図に関しては、本の学術的なものをベースに私なりに復元像を描いてみました。"
四肢骨からの推算で身長159.4cm。四肢骨の筋附着部はよく発達し、よく鍛錬された体であったと推測される。天然痘により右目を失明し、独眼竜として有名だが、眼窩には異常はなかった。